《ヒーラー様特典の無料伝授は11月から有料になります》まだ受けていない方はお早めに!

活動履歴1

この記事は約19分で読めます。

2001年『東京一週間』(第三回)

2001 東京一週間(第三回)
恐怖スポットにまつわる「噂」の真実を実地検証!
真夏の怪紀行

第3回 東京都青梅市 埼玉県飯能市 青梅~飯能の山奥にたたずむ廃トンネルには、興味本位の訪問禁止!? 噂 青梅「旧トンネルは殺人事件の舞台。 飯能「Hトンネル」には子連れ主婦と老婆の霊が! 東京西部の多摩地区には、怪奇伝説の残るトンネルが点在。 なかでも、青梅市バイパス横に佇む「旧Fトンネル」は、“昼でも出る”スポットとして、知る人ぞ知る存在だ。 コンクリート製「旧Fトンネル」は街道として現役だが、通行人は日中もゼロに等しい。 「ですが、殺人現場では。雰囲気がそれらしい噂を生んだんでしょう」。 圓 聖修先生の診断は明快。 「Hトンネル」は、「旧Fトンネル」から7Kmほど北上した森にある。 古風なレンガ積みは、15年前まで現役たったとは思えない荒廃ぐり。 ココでは「幼児の手を引いた青白い顔の女」が何度も目撃されているが・・・・・。 「ここに乳児を抱いた女性がいます」。圓先生がトンネル中央部で衝撃発言! “青白い女”の噂は一切、先生にはしてなかっただけに、一同に衝撃が走る。 「親子心中したのでしょう」。 男性に恨みを持つ女性は、近寄らない方がいいとか。 史実 「旧トンネル」脇に新トンネルが完成。 「Hトンネル」は‘87年まで県道として使用されてた 左が青梅市の「旧Fトンネル」、 右が飯能市「Hトンネル」。どちらも閉鎖寸前で、訪問者もまばら。 鑑定結果 2トンネルはここにある「人に危害を加えるような強い霊ではありません」「『旧Hトンネル』では、赤い服を着た女性が子供を抱き、壁から出たり入ったりしてます。 誰かにとり憑くことはありません。トンネル至近には老夫婦の姿も。 これは近所に住んでいた方々のようですね」 新宿駅西口から青梅街道経由で青梅市街へ。 JR東青梅駅から成木街道を北上すると「新Fトンネル」に迫る。 右脇細道の奥に「旧・・・・」が存在。成木街道から小僧木街道を北上、清掃工場が見えたら手が「Hトンネル」。

取材の舞台裏

朝9:30分に新宿で待ち合わせて、6箇所回り、かなり何処も強力な心霊スポットでした。 途中、私のお守りブレスレットが切れ、そのあとすぐに我々の乗った車がガードレールに、ぶつかる等ハプニングの連続でしたが、なんとか全員生きて帰れた事に胸を撫で下ろすスタッフ達。 実は、殺人現場といわれるトンネル この取材で私は何も感じないと判断し、トンネルを出てもっと先の方が何かありそうですと告げた、その後の報告で、取材者側からトンネルの場所が間違っていたとの報告を受け、やはりその先のもう1つのトンネルだったそうです。 この日は、6箇所を回る予定でしたので、情報のないその先への突入は諦めて次に進んだのであった・・・・。 夜な夜な老婆が目撃される廃墟 ここにに向かう前に上に書いたハプニングが発生しました。 現場は、人気のない道路沿いにある土砂に埋もれかかった廃墟。 看板等もなく、学校だったのか?工場だったのか?検討も付かない位の荒れよう。 例の如く私は一切の情報を聞かされている訳でもなく、また私の方からも固定概念が入らぬよう何も話さないようにお願いしていました。 神経を集中してその廃墟を見てみると、病院の待合室のような所が浮かび痴呆症か精神障害を起しているおばあさんが行ったり来たりしている場面が浮かんでくる。 視線を変えると、鉄格子のような病室に入ったおじいさんの姿「みず、みず~」と痩せこけた体で叫んでいる。 上の階の窓の所にも、小学生ぐらいの男の子や中年女性等沢山の残像が見えてくる。 共通している事は、皆、正常ではなく精神障害を起しているように感じたので、取材人に「ここは元精神病棟だったのではないでしょうかと伝えました」 この時点では、取材人も“老婆が目撃される廃墟”としての情報しかなく「なるほど、では後ほど調べてみますね」という事で、調べてみた結果「先生、やっぱり、元精神科病棟でしたよ! ただ当時の資料がほとんど残ってなくて、なにか時代的な陰謀説もありそうですね」。 「ここは色々ありそうなので、今回の記事は見送りましょう」(私もその方が良いと思いました) 「廃墟の病院」 病院の壁に触りそこに残る人の残した思いを探る。 しかし今までのような、人気のようなものを感じない。 (これだけ大きい元病院なら、亡くなった方の思いなど感じるはずなのに・・・・。) 今日の最後の場所だけに私もエネルギー切れかと思いながら取材者に聞いてみた。 『ここは、営業していたんでしょうか?』 「ごめんなさい、まだ詳しい情報は・・・・」 おかしいですね、ここで亡くなった方を感じないという事は短期間しか営業をしていなかったのでは? ただ、大勢の子供の気配を感じます。子供専用に作られた病院か、または、地域柄子供が多いか? 裏へ回ってみる・・・。 そこには、子供用の滑り台などがあった。 結果 取材人が後に調べてみると、立てっぱなしの病院であった事と大規模な小児科病棟だったという事。結果的に私は、噂になるほどの霊はいないと判断したので、これもボツ。 私は霊に対しては、免疫がついているので怖いという事はないのですが、トンネルの取材中に他に誰もいないはずなのに、不自然な足音が聞こえたりして・・・。そのあとスタッフの方々は「明るいうちに何とか全部回りましょう」という声が出るほどの体験になったようです。「雑誌のお仕事も大変だなぁ」と思いつつ取材が終了しました。

2001年『東京一週間』(第二回)

2001 東京一週間(第二回)
第2回 東京都武蔵村山市昼夜を問わず
交差点事故の多発の魔の交差点は、
死者の霊が充満!?

噂 電話ボックスの前からタクシー乗車の女性が消える/トラックがボックスに激突し、女性が即死 交通事故が多発しやすい交差点なんて珍しくも 無いが、武蔵村山市は新青梅街道にあるココ・M交差点だけは特別。過去30年にわたり悲惨な死亡事故が相次ぎ「電話ボックスにトラックが突っ込み、死んだ女性の通話先留守番電話に断 末魔が」「カップルが暴走族にリンチされ惨死」「ここからタクシーに乗った女性は必ず消える」等々、怪エピソードも枚挙に暇がないという。一見、見通しのよい、ありふれた交差点だけど・・・・・ 。 「霊がいますね」。現場到着と同時にサクッとのたまう圓 聖修先生。「北東、北西、南東、南西、すべての角に霊が見えま・・・・」とそのとき、圓先生が激しい発作に襲われ、目には大量の涙 が!「南東角で死んだ方の悲しみが私に伝わったんでしょう」。 鑑定の結果「事故多発は、磁場の影響も大」とのこと。すべてが死霊の仕業ではないらしいが、通行する場合は用心を! 史実 ‘70年代に出会い頭の衝突事故で若い女性が死亡して依頼、大小の交通事故が多発している 青年の霊が 北西角には、交差点を見据える霊が。 因縁のボックス なぜか交差点の角に立つ不気味な公衆電話。 死者を供養!? 北東角にある死亡女性供養の地蔵像。 鑑定結果 魔の交差点はココにある 「四つの角に事故死した霊たちが佇んでます」 「北東の角には黄色い帽子の男性、北西はスーツ姿の無表情な男性、南北角の電話ボックスには細身の女性、南西には犬の霊が今も見えます。特に北西角へ立つと、左脇腹にゾクッと寒気を感じます」。 新宿起点の青梅街道をひたすら北西(青梅) 方向に走り、西東京市・北原交差点から新青梅街道へ。東久留米市、小平市、東村山市を抜け、武蔵村山市に入る東京都の北部に位置する。 「ここ10年、死亡事故こそないが、確かにトラブルはしょっちゅうだね」とは所管の東大和警察署。

取材の舞台裏

色々心霊スポットを回りましたが、事情により見送られた内容も少し紹介します。 「廃墟のラブホテル」 ある部屋に首吊り自殺した女性の例が・・・・。 この場所探すのはとても苦労しました。なぜなら、すでに跡形もなく平地になっていたのでした。 もちろんその噂の部屋もありませんので、検証することは不可能。で、ボツ!? 「水辺に立つ白い服の美女」 ライターさんの情報で、ある場所の大きな湖に行った。 例の如く私は一切の情報を聞かされていない。 まだ明るい時間だったので、カップルがボートに。そして釣り人がチラホラ。 そんなのどかな場所で、私はカメラを向けられ、白衣を着て歩くのは正直少し恥ずかしかった。 「あっ!! 湖の丁度真中ぐらいに、そう、あのカップルの黄色いボートの左側に白い洋服の女性が水の上にうかんでます」。 カメラマンは慌ててファインダーを構える。 「ちょっとここからでは遠すぎます、もっと近くに行けないでしょうか?」 かなり遠いので、我々は車に乗りそこを目指した。 車を降り山道を草を分けるように近くにたどり着いた。 「あっ!! 直そこにいます」 カメラマンは決定的瞬間を取るために必死でシャッターを押す。 「もっと近くに来るように話し掛けてみます」。 その女性は、年齢的には24歳ぐらい色白でお金持ちのお嬢さんというような感じ、 真っ白い少しフリフリのついた“かわいい”フランス人形のような服を着ている。 霊「私の帽子が風邪で飛ばされちゃったの~」 「私の帽子は何処?」 24歳位の割には子供っぽい仕草や話し方。おそらく精神に異常を引き起こしている様子。 圓「あなたは、もう死んでいるんですよ!その証拠に、こんなに沢山の人がいるのに誰も貴女に気付く人はいないでしょう。」 「わたしが、貴女を行くべき所に案内しますから私の言う事を聞いて下さい!」 一生懸命説得したが、にこにこしながら、首を傾げたり・・・・。 遂には「あっはは」と笑いながら逃げていってしまった! (誰かを待っているように感じました) 私たちは、持ってきた線香を捧げ早く気付き、天に上れるように一心に祈りました。 あとで、ライターさんから「圓先生凄いですね、私が聞いた噂とぴったりでした、“水辺に立つ白い服の美女”逢いたい人と逢えるといいですね」 この場所は、そっと静かにしておきたいという結論にて今回の掲載は見送り。

2001年『東京一週間』(第一回)

2001 東京一週間(第一回)
首都圏の「恐怖スポット」
体当たり企画/第一回千葉県・十三階段

 01 東京一週間(第一回) 首都圏の「恐怖スポット」を実際に訪れ、背筋も凍る噂の真実を、ユタ・圓 聖修先生と検証する体当たり企画がスタート。 第1回千葉県佐倉市 佐倉城址公園に放置された十三階段は、旧軍の絞首刑台だった!? 噂 戦前、ここで絞首刑された下士官や敵軍捕虜の霊が今も出現刷るため誰も撤去できず。 十三階段、といえば絞首刑・・・・。 「千葉県に昔のままに残る絞首刑台がある」と耳にした取材人が訪れたのは、濃い緑の中にたたずむコンクリートむき出しの階段だった。 高さ約3m、荒れ放題で柵もなく、かな~り異様な光景だ。階段はたしかに13だし、やっぱり・・・・。 「いや、噂のモトになるような悪霊の存在は感じないですね」念入りな検証を終えた圓先生はキッパリ。 「死刑とは無縁でしょう。この階段からはむしろ、天空や祈り、といったイメージが浮かびます・・・・」。 調査の結果、階段は、「飛び降り訓練降下台」という、軍用地時代のジャンプ台(?)だったコトが判明。 にしてもブキミナ存在感は、真昼間に見ても際立つ! 史実 十三階段がある公園は、明治~昭和戦前に、重要な軍の施設が置かれた。 突然、手にシビレが・・・・ 十三階段に行く途中の坂で先生に異変。 坂で射殺された男女の霊が! 丹念に階段を検証する圓先生。 だが、階段から霊気は感じず。 佐倉城址公園の近くには佐倉藩の死刑場「江原刑場」跡も。 鑑定結果 十三階段はココにある 「絞首刑台ではないので恐れる事はありません」「階段のたもとで昔、このように(写真右)祈りを 捧げた老婆の残像が浮かびます。 痛ましい最期を遂げた親近者を追悼しているのでしょう。階段、戦争のモニュメントと感じている 市民なのでは?」 京成上野から京成本線寺急で約70分の京成佐倉下車。駅南口を右折し、成田街道沿いに15分ほど歩けば佐倉城址公園。駐車場 北にある薄暗い階段を下ると、老女自殺伝説のある「姥が池」に出る。池の手前を左折し、芝生広場の奥に進めば「一三階段」が!

追加 取材の舞台裏

昼2時に新宿で待ち合わせて、千葉へ車でGO!心霊スポット3箇所回りました。家路についたのは、夜10時過ぎ。ある時からTV、雑誌で霊能者として扱われる取材拒否をしてきましたが、取材者が私の占いのお客さんで、ユタの理解者だったことから、OKしました。 文字数の問題や、もろもろの問題で表現出来なかった事を伝えたいと思います。 まず、噂の十三階段ですが、現場に到着した時は、広い敷地内の片隅、高い木々がそれを隠すように ぽっんと不自然にそれが有り、いかにも噂どおり処刑台というような雰囲気でした。しかし近くによって、触りながら神経を集中させてみても、霊的なエネルギーや、処刑シーン等は何も映らず、 只、残像的なもので、軍隊が訓練でこの台から飛び降りていたような感じを受けたので、それを取材人に伝えました。その後、取材人がいろいろ調査した結果、某軍隊の「飛び降り訓練降下台」として使われていた事が分かったと、報告を受けました。 私も噂とは正反対のことを告げたので、内心はらはらしてましたが、結果を知ってホッとしました。 佐倉藩「死刑場跡地」では、ここでどのような方が処刑されたか感じたモノを絵に描いて説明した所、やはりその後の調査で人物像や時代背景、出来事等、ほとんど類似していて取材人も驚く結果だったとの報告をうけました。 あまりにも悲惨でその地域に関る話なので、詳しい話はここでは公表してよいのか判断できないので、控えます。 「人を食う土地」 駅前なのになぜか、誰も家を建てない野ざらしの土地があり、最後に立っていた病院も関係者の相次ぐ“謎の死”。その病院も土地に食われるように腐敗し消えていった・・・・。 話を聞いただけで、身構えてしまう場所。 でも、行ってみると駅前にあるそんなに広くもない土地で、想像と違う明るく、人の通りの激しい場所で、私も一生懸命霊査してみましたが、ほとんど噂のようなものは感じなかったので、この場所はボツになりました。(ライターさんが学生時代に聞いた噂話!?)

2001年『Cawaii』

2001 Cawaii人気占い師特集

2000年『開運占い師名鑑』

2000 『開運占い師名鑑』開運占い師名鑑143

 霊障のある人は、ごく一部。普段はタロットで。占い師であると同時に、ユタでもある圓聖修さん。ユタとは、琉球列島のシヤーマンで、霊的な能力を認められた人だけがなれる、伝統的な神職のこと。「自分の中では、占いと霊的な力は分けて考えているので、最初はあくまで、タロットの占い師として対面します。実際、細かい問題は、タロットのほうが向いているんですよ。霊的な問題を抱えている人は、ごく1部ですから」話をして、霊的な問題を感じたときは、相談のうえで“お祓い”の儀式をする。 霊障が取り除かれると、その人本来の姿にもどることができるのだと言う。「本来の自分と向き合うことで考え方が、がらりと変わる人もいます。精神的にも良くなるし、頭もすっきりします。その惑覚を味わうことが大切なんです」通常の占いでは、ビジネスの相談も多い。ある店の経営を立て直したときは、お祓いをし、風水とはまた違った方法で、エネルギ-の循環を見ながら店舗の色や椅子の配置まで決めたのだそうだ。「事業を起こしたい方の相談にのります。僕自身も好きなので、インスピレーンョンがわくんです」

1999年『日系流通新聞』

経営者達は占いをどう利用してるか!

ビジネス編 世田谷区内で九五年から整体治療院を経営する整体師のEさん(43)。事業が軌道に乗り始めた九七年、治寮院の隣室を使って妻がリラクゼーションルームを始めた途端、それまで毎月二百万円あった治療院の売上高が半減した。夫婦関係も最悪の状態となり自由が丘の占師の圓さんの元に駆込む。 タロット占いの末「奥さんの事業をすぐやめたほうが良いでしょう」。これに従ったところ治療院の売り上げが三月にようやく元の水準に回復した。? すっかり占いを信じたEさん。最近は助手の採用にあたって履歴書を圓さんの元に持参。「タロット占いで出た人を採用したところ、とても健秀で助かっている」と占いに一層の信頼を置くようになった.Eさんはこの占師を「経営と人生両方のコンサルタント」と呼ぶ。

結婚編 人材育成会社の営業マンNさん(33)。九五年ごろ「そろそろ結婚しよう」と考え、当時付き合っていた女性にプロポーズすることに。彼女に会う前に長年つき合いのある圓さんに見てもらったところ、「あなたのプロポーズに彼女はNOと答えるでしょう」。それでもプロポーズすると彼女は「今は結婚できない」。 Nさんはその日のうちに彼女と別れ、いまでは別の女性と幸せな家庭を築いている。Nさんにとって圓さんは、「お守り。困った時に思い出し頼れる存在」。

生き方全般編 総合出版社の企画マネジヤー、Fさん(35)。鹿児島出身で「今でも九州男児でありたい」と公言するFさんが圓さんにはまったのは九七年末。不況が長期化の様相を見せ始め、Fさんの会社でも給与体系見直しなど無言の圧力が強まった。「れからどう会社生活を送ればいいのか」と漠然とした不安を抱えて圓さんの元へ。圓さんは「あなたは人づきあいがうまい方ではない。あいさつを忘れずに、人に対する思いやりを大切に」とアドバイス。 「親や周囲からいつも言われている内容と同じだが、圓さんの言葉だけはすんなり聞ける」とFさん。今では毎月定期的に圓さんの元を訪れ、「心のメンテナンス」 (Fさん)をする。


人生コンサルタント、心のメンテ、困った時のお守り……そこまで言われたら、と手相さえ見せたことのない“占い初心者”の記者(31、新婚ホヤホヤ、もうすぐ父親に)が試しに、タロットで運勢を占ってもらった。 占師は整体士のEさんが全幅の信頼を置く圓聖修さん。 まず小さな紙に生年月日、年齢、血液型などのほか、相談したい内容を記入。記者は仕事、人間関係、家族関係にマルを付けた。 テープル越しに圓さんと向き合い座る。圓さんが七十八枚のタロットをかき交ぜ、一つの山に積み上げて三つに分ける。記者が指さしたカードから圓さんは、テープルの中央に一枚を置きその周りを囲んで十数枚のカードを置く。「ウーンッ」とうなる圓さん。緊張する一瞬。 圓さん「この中央は修行僧のカードです。あなたは今、仕事で大きな転換期にあり課題を抱えていませんか」 記者「えっ!(実は三月に職場が異動。新しい仕事に慣れるのに苦戦中)」 圓さん「ただ、(修行僧の)顔は平静としており、背後からはオーラが出ています。この苦労はいずれ報われます」 記者「ホッ……」 圓さん「あなたは対人開係は普通ですが、周囲の第一印象はとてもいいです。最高のカードが出ています。金運も悪くないです」 記者「(いいぞいいぞ、次は何だ)」 圓さん「奥さんはお嬢さまですね。ただ、少々金遣いが荒くないですか」  記者「(何でわかる?)図星です……」 圓さん「お子さんはやんちゃな男の子です。二年後、二男が生まれます。さらに、三年後、また子供に恵まれます」 記者「(そ、そんなにたくさん)……」 その他のとても公表できないやりとりも含め、時間にして約二十分。料金は三千円。「意外にあたっている!」というのが率直な印象だ。「仕事上の苦労は必ず報われる」という圓さんの言葉を支えに仕事に励もう。

1999年『Tokyo占い情報通』


東京の人気占い師紹介

圓 聖修 (B型 双子座 七赤金星) 占いの方法   :運命の赤い糸占い+夕ロット占い 相談内容で多いもの:結婚の相性・健康・事業 占い師になったキッカケは? 本職は沖縄・奄美地域の琉球列島に古代から受け継がれてい るシヤーマンですが、現実で日常的な人生相談にお 答えするには夕ロット占いの方が的確、より具 体的なアドバイスが出来る事を知り、占いを取り入れるように至る 占い師という職業は?:調停者 午年の人へアドバイス 午年生まれ キーワードは、時・時勢を観る。本質に午 年生まれの人は陽気で快活、多弁に茶目っ気ぶりを発揮して笑いをとる道化師 的なキャラクター。しかし、時に暗闇で独り静かに時代の流れをじっと見 る事で、誰もが見えないもの・画期的な発想・意外な着眼点からアツと云わせ るものを発見。瞬く間に時の人となる。ヒット商品を編み出す可能性は大 尚、元々相性の良い未年生まれの人と縁あり。協力しあう事。6月、明運 願い事叶うチャンスあり、即決即断で対処。7月・12月は暗雲期。突然の波 乱・困難に見舞われる。しかし備えあれば憂いなし 自己PR:運命の人・最良の人と 共に天国への階段を昇る赤い糸の人を探すべく考案した「赤い糸占い」。 あなたも自分の運命の人を見つけに来てください。

1997年『東京占いWalking』

1997『東京占いWalking』よく当たると評判の人気占い師

よく当たると評判の人気占い師 1997『東京占いWalking』 17歳の時に、突然自分にしかわからない光や声に悩まされ「神に選ばれた」と鑑定される。その時は納得できなかったが、今は自分の使命を十分理解した。 本来は琉球でユタの業を成す身の上。しかし今は、神様の許す限り東京で鑑定を続けていくつもりだという。 ユタとしては浄霊・病気平癒、占い師としては恋愛・結婚問題が得意。

1995年鹿取洋子レポーターのインタビュー他、新聞三種

 ヒーリングについてのインタビューを受けました。
鹿取 先生はユタが専門だそうですが、独特の気功をされているとか…。 圓 “月気功”と呼んでいますが、月からの宇宙エネルギー(気)を私を通 して患者さんに発射することで、邪気や身体の悪い部分を冶すものです。 このエネルギーは浄霊パワーもあるので運気を向上させることもできます。 鹿取 病気も治ったりするんですか? 圓 難病や奇病、視力などを回復させることができます。


第3の医学 21世紀をひらく“第3の医学”気功療法。現代医学でもむずか しい成人病などの慢性的疾患やガン、エイズなどの難病には人 間が本来持っている自然治癒力が重要な働きをすると考えられ るようになってきた。 気功研究の権威圓聖修先生の指導により、近眼、乱視が良く なり、糖尿病の血糖値が下がった、肩こり、美容にも効果があ ったと先生も語っていた。病は気からと古代からいわれている が、精神的ストレスがその原因にあることも最近の医学でもわ かってきた。 
(受け方)は実に簡単。イスに座り、目を閉じて瞑想音楽と 共に20分間、先生の手から発射される“気”を受けるだけで、さまざま な(効果)を生んでいます。たとえば… 『健康』●視力回復0.6UP、メガネがいらなくなった●動かなかった腰 が動くようになった●血糖値が下った●便秘解消●霊障による足の痛み が治ったetc…。 『運気向上』、『能力開発』等においても注目すべき報告がなされ ているのです料金は1回5000円と手頃です。お気軽に!


1994年「anan」取材

1994年「anan」取材もっと知りたい、いま大ブームの
不思議な能力と現象のこと

 悩みを安心して相談できる。 霊的パワーの持ち主を取材。 

 日本の南、琉球の出身「琉球地方には、神様や霊の存在 を信じる人が多いし、霊能者も多いんです。 自分自身は、子どもの頃は何も感じなかったんですが」 圓さんが、自分の霊能者としての能力を感じ始めたのは、17歳の時。他人にはわからない音や声を聞いたり、光を見たりするようになった。 「それからは、霊惑の強い友人たちと一緒に、霊感の存在を確かめるために、いろいろなことをしました。一人を霊媒にして霊を呼び出したり。 今考えると、とても危険なことをしていましたね。実際に危ない目にもあいましたが。そして、祖母に連れられて霊能者の もとを訪れ、自分には霊能力があることを確認したんです」 その後は、多くの霊能者に会ったり、宗教を勉強したりした。 「島ではユタといいますが、やはり自分は琉球の神の子なんだとわかりました。瞑想中に神の啓示を受けて、自分の力を多くの人のために役立てなければならないと知ったのです」 霊能者には、そ れぞれ得意分野がある。圓さんの場合は、人に取り憑いている好ましくない霊を取払う除霊が得意。 

 原因不明の痛みや定期的に調子が悪くなる人は、霊が原因である可能性があります。でもまず医者に行くべきです。最 終的に、医学ではどうしても判断できない時に、霊能者を訪れるほうがいいでしょう。 霊の世界に興味がある人は、何でも霊のせいに しがちですが、それはよくないことです。霊の世界を、信じないのもよくないけれど、のめり込みすぎもダメ。バランスが大切です」 霊に取り憑かれるのは、本人に問題があるケースが多いと、圓さんは言う。落ち込みやすい、すぐその気になりやすい、物事や人の意見に流されやすい人は、霊に憑かれやすい。こういう人は、一度除霊をしても、また取り憑かれて しまう。性格を直し、生活をきちんとする努力が必要になる。 「何でも霊能者に頼るのは間違いです。実生活での気の持ちようや生活態度といった面からも、相談に来られた方にはアドバイスをしてさしあげたいですね。悪い霊に二度と憑かれないようにするまでが、自分の責任だと思っています」

1992年「anan」取材コメント

1992年「anan」雑誌インタビュー

 ユタの圓さんは占いとのベストの付合い方に ついて、次のように話す。 「僕自身、占いと付き合うに当たって、7信じて、3疑え、と思っ ているんです。自分の信じている占い師さんでも70%以上は信じて はいけない。自分を無垢にして、1OO%信じると、自分では何も 決められない人間になってしまう。それどころか、自分で物事を決断 するのが怖い、とまで思えるようになって、ノイローゼになってし まうんだと思います」 30%疑うというのは、最終決定 を下す判断は自分に課せられているからだといってもいい。

24歳 占い師メディアデビュー

原宿の占い店にてタロット占い師としてデビュー。 初めてメデイアに登場した記念の写真 

円聖修をフォローする
円聖修 公式サイト
タイトルとURLをコピーしました