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リアル不思議な話・集

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子供に見えるオーラ

親子で鑑定に来た時のお客様の話です。お母さんの横に小学校低学年のお子さんが大人しく座っての鑑定でした。お子さんは鑑定中、終始沈黙のまま私の身体の周りをみていました。

鑑定が終わってお母さんが椅子から立ち上がろうとした時にお子さんがお母さんの腕を引っ張り耳元に何かを話かけていました。

お母さんは目を丸くして子供の方を向いて「あら、そんなのが見えるの」と驚いていました。お子さんはこんなことを言ったというのです「ママあの人の周りはどうして光っているの?」たまにこう言うことがあります。

また別の親子のケースではリモートでヒーリングを受けたお母さんを見たお子さんが「ママの顔の辺りが青く光っているのはどうして?」と言われたとの報告もありました。大人よりも子供の方がオーラは見えやすいのかもしれませんね。

オレンジ色のオーラは結婚が近い人に見える

銀行にお勤めのキャリア志向の女性がいました。恋愛や結婚は全く興味無いという事でいつも仕事の相談で来ている常連のお客様でした。その方のオーラを観察しているといつもはビジネスカラーの青色一色だったのが少しオレンジがかってきたのです。私「あれ?オレンジの色が出てきてます、出会いとかありましたか?」女性:「いえ、何もないですよ、私は男性に興味ないですから」そう言い放つ彼女は相変わらず仕事の相談しかしません。ところが来るたびにオレンジの色が濃くなってくるので、もう一度彼女に聞いてみました「誰かに言い寄られているとかもないですか?」女性:「あ、上司からお見合いの話があり、断れず来週に形だけ行ってくる事にしてます」その後お見合いに行った後の彼女のオーラを見ると全身からオレンジのオーラが出ていました。そして耳を疑う発言が彼女の口から発せられました。「先生、お見合いに行って良かったです、とても良い人で交際することにしました」それから一か月で結婚を決めて電撃結婚をしました。オレンジのオーラはこのことを示していたんだと分かりました。
オレンジにまつわるもう一つの話
口コミで初めていらっしゃったお客様は25歳のOLさんでした。とても緊張しているようで、手汗をかいているようでタオルハンカチを握り綺麗な姿勢で私の前に座り、目は潤んでいました。彼女のオーラはオレンジ一色でとても大きく輝いていて、勢いよく天に登っていくようでした。そして三連の雲から3人くらいのご先祖様方がとても嬉しそうにニコニコ顔で彼女を覗き込んでいました。それを見た私は結婚が近い事とご先祖様が祝福している事が分かりましたので、彼女から相談内容を聞く前にそれを直ぐに伝えました。「結婚が近いんですね、ご先祖様もとても喜んでますよ」と伝えると、彼女は大粒の涙を流して泣きだしたのです。理由を聞くと結婚の話がトントン拍子に進んでしまい、この結婚を先祖が喜んでくれているのかと心配になりマリッジブルーで悩んでいたところ友達に勧められて来たとの事でした。「先生、今日聞きたかった事の答えが頂けました、これで十分ですありがとうございました」私:「え、いや、まだ5分しか経ってませんし、残り時間勿体無いので何かご家族の事でも聞きたい事ないですか?」女性:「いえ、本当に心が晴れましたので、大丈夫です」とても素敵な笑顔の彼女を見送りました。話は少し変わりますが東京の巣鴨地蔵通りには有名な赤パンツが売っています。これはどういうことかというと、赤色が持つエネルギーが活力ですので、赤の下着を着ることで活力を頂いて元気に過ごそうという事だそうです。これを応用してオレンジ色の下着を着る事で結婚運を上げて行くこともできると思いますので、ぜひ皆様にも実践してほしいと思います。

不思議な双子姉妹の話

《2022年6月30日に聞いた話》

以前書いたポルターガイスト③の”増殖する心霊写真”の話を聞かせてくれた双子姉妹のお姉さんがヒーリングを受ける事になり、雑談時にとてもワクワク(私にとって)するいくつかの話を聞くことが出来ましたので許可をいただき公開します。

『投げ返すゴミ箱』

小学2年生の頃の話です。ある時机に向かって自分の部屋で勉強をしている時です。いらないテスト用紙など紙類を捨てる時に、椅子から降りて5、6徒、歩かないとならないゴミ箱まで行くのが面倒くさくて丸めて投げた時の事です、ゴミ箱に投げた紙がゴミ箱からポンと飛び出しゴミ箱の近くに落ちました。もう一回投げると少し間があってまた投げ返されました。その時不思議なくらい恐怖感はなく双子の妹と面白がってそれを遊びの一つのようにして遊んでいました。他に誰かがいる時は起こりませんでしたが、約三か月位の間に時折それは続きました。

またある日の事、紙を集めて大きなボールを作って両手で持ってゴミ箱に入れて机に戻ろうと振り返ると、なんと机の上に今入れたボールが戻っていました。今度は投げ返されたのではなく音もなく瞬間移動したのです。もう一度そのボールをゴミ箱に入れると、もう二度と戻ることはありませんでした。

この出来事に関係するのか、住んでいたマンションの駐車場でかなりの至近距離を飛ぶUFOを見た事もありました。夏の夕暮れでシャンデリアのようにキラキラ光る腹部と巨大な飛行機が低空飛行で飛んでいる感じのゴォーーー音も聞こえました。スピードはゆっくりでした。
まあまあ車が通る片道一車線の道路があって車も通っていたし、歩いてる人も何人かは居たと思いますが、気にしてる様子はなかったので、他の人には見えてないのかなーと思いました。

『踊るオルガン』

近所の児童館で子供達だけで怖い話大会をしょうという事になり、8人くらいで真っ暗な押し入れの中に入り、順番でトイレの花子さんのような話しをしていました。すると外から窓ガラスをガタガタと揺らす大きな音がしたのでびっくりして、外に飛び出しました。その時は誰もいませんでした、そして今度はオルガンが踊るように動き出しました。私達が怖い話をしてることを知った大人達が怖がらせる為にいたずらしてると思って踊り続けるオルガンの裏をのぞき込み誰が動かしているのか正体を突き止めようとしました。しかし誰もいないという事実を知った私たちは悲鳴を上げて大人達がいるところに走って逃げました。その時にどんなに説明しても誰も信じて貰えませんでした。

『部屋のどこかにブラックホールがある』
朝、学校に持っていくプリントや教科書が時折消える、、、。
帰ってくるとあんなに探したはずのものが机の真ん中に目立つようにキチンと置いてある。まるで誰かがワザとといたずらして楽しんでいるようだった。家族には「自分で置いたところを忘れているのよ」と言われたりするけども、前の日にちゃんと鞄に入れてチェックしたことは忘れるはずがない。余りにも頻繁にあるので子供心に部屋のどこかに見えない穴が開いているんだと思って真剣にそれを探したりしていました。

『新宿駅を通るあの世の山手線』
1994年、高校一年の初夏の話です。
JR新宿駅で普通に電車を待っている時の事でした。
目の前をゆっくりと8両編成程の山手線の電車が通過しました。
それはとても異様な光景だったのです。沢山の乗客が全車両を埋め尽くさんばかりに乗っていて、笑顔で楽しそうに「わー、きゃー」とか叫びながら、こちらに手を振っているのです。
子供からお年寄りまで何の違和感もないその時のファッションと電車の色や形もその時走っていたものでした。
通常であれば回送列車でもないのに止まらないで通り過ぎるのも可笑しいと思ったし、皆が熱狂的に叫んでいるのも可笑しいので、これは何かドッキリTVに違いないとカメラを探したが見つからず、それよりも驚いたのは私以外、ホームで電車待ちしている人達には全く見えていない様子だったことでした。あの電車はどこからきてどこに向かって行ったのか全くの謎のままです。

『魂は蝶の姿で現れる』

私のヒーリング七回目を受けている時にも彼女はこんな不思議体験をしました。

「なんとも言えないいい香りがしてきて黄金の光と共に蝶が飛んでくるのが見えました。先生と今お話をしている間も何度か横切るのが見えます。
蝶はアゲハチョウの位の大きさで色やお姿はわからず、逆光のようにシルエットが分かる感じの見え方です。」

良い香りがするのは、高級神霊が近くに来てくれたという証拠です。
蝶は奄美でも魔除けのシンボルでもありますし、霊人が乗り移ってやって来る乗り物でもあります。
七回のヒーリングでオーラが浄まり、守護の方が近くに来られるようになったので、ご褒美の奇跡体験ですね。

「あ、先生、蝶で思い出したことがあります」
彼女は続けてこんな話を聞かせてくれました。
1994年、高校一年の冬でした。その頃は少し気持ちがささくれ立っていて、いつ死んでもいいくらいに思っていたんです。一時停止をしないとならない交差点を自転車でスピードを出して突っ切ろうとしていた時です。突然視界の外から蝶々が目の前に飛び出てきて私はびっくりしてそれを払うように目をつむり、ブレーキをかけていました。その時目の前すれすれをタクシーが横切って行きました。まさに大事故を間一髪で交わしたのでした。その蝶を見てからは自分の命を大切に想えるようになりました。

もう一つ、あります。
2021年、娘が通っていた小学校のスクールカウンセラーのお葬式に行った時です。
一人ずつ最後のお別れをして、いよいよ棺桶が火葬場絵へ向かうための扉が開いた時に、棺桶の奥の方から蝶が現れて参列者に別れを告げるように人の間をゆっくりと飛んで行くのが見えた事もありました。 

~彼女のお話はここまで。~

あなたは霊の人が蝶の姿で見えるのですね、過去の自転車の件も守護されている方が守っているという事をヒーリング七回目の日に伝えたかったのでしょうね。

そんな話をリモート画面越しにしていると、そのお客様の方に大きな女性の横顔が見えてきました。
30代くらいでシワ一つ無い真っ白い透き通る肌で、まるで愛しい我が子を見つめるように。
集中してみていると段々と全体が見えてきて観音様系統のお姿で真っ白い赤子を二人抱いていた。何か伝えてきた訳ではないが、私には想いのエネルギーが伝わってくるのです。

この想いは母親そのものの自分の命に変えてでもこの子を守るという想いだった。双子姉妹の実母ではないけれども霊的な母だろうとしか思えない存在。

この想いのエネルギーを私なりに言語に変えるとこうなります。

「命を大切に、幸せに生きていけるように、いつもあなたの近くで蝶の姿で見守っています。」

夜な夜な出てくる父は何を伝えたい

久しぶりにヒーリングを受けに来てくれたお客様から大変興味深い報告を聞く事が出来ました。

「先生、あれからピタッと亡き父親が夢にも出てこなくなったのですがこれはいいことですか?」

半年ほど前に下記の相談で来られたお客様でした。
父親が亡くなってから枕元に現れたり夢に出てきたり、何も喋らずにただ黙って何か言いたげな表情で見つめているという事がずっと続いているという事でした。家族で話し合って父親が何を言いたいかを知りたくて来たという事でした。

霊視すると背後に男性の姿が視えたので直ぐに似顔絵を描いて渡すと、父親の特徴があり、母親にも見せたところ間違いないという事でした。確かに何かを言いたげにジッと見つめている、この同じ光景を見ていたんだと分かりました。私は父親の想いを受け取りそれを脳で解釈して言語に変換するといういつもの工程を経てメッセージを伝えました。

父親ならではの温かく優しいメッセージは私の胸を熱くさせました。目の前のお客様も涙を拭いながらその話に耳を傾け父親の天国からの願いを受け取り、静かに頷きました。
そんな内容でした。

あれから父親が出て来なくなったというのであればとても良いことですよ。
娘にどうしても伝えたい言葉がある、死んでも死にきれないと私へと導き、伝えたい事を伝えることが出来て、思い残すことなく光の国へ帰って行けたという事です。

霊の人達は私たちを引き合わせたりすることは簡単に出来るようです。しかも日柄も選ぶ事も出来るのです。普段の生活の中で偶然に思える事が偶然ではないことが沢山起こっています。

私の所にやってくる方々は守護の力で導かれてやってきていると思ってなりません。守護の力を受けるにはオーラが曇っていると海の中で喋るように届かなくなってしまいます。

『先祖や神様にはお願い事よりも、良い事があった時に感謝をするという習慣を持てれば、守護力が強くなると思います。』

これまで誰にも話せ無かった恐怖体験・・「守ってあげたい」

これは、私が小学生の頃のお話です。
随分昔の話になりますので、記憶が曖昧なところが多々ありますが、覚えている限りで書いて行こうと思います。

あれは夏休み、町内の子供会の行事で、とあるキャンプ場に宿泊しに行きました。小学生10数人くらいと保護者数名といった感じだったと思います。着いてからは、テントを張り、簡単なレクリエーションをして、夜はみんなで炊飯して多分カレーライスか何かを食べたと思います。諸々終わり、最後のイベントとして肝試し大会がありました。キャンプ場の脇に小高い山があり、何人かのペアになって、山の中を懐中電灯で照らしながら歩き、頂上の開けた場所に行って戻って来る、といったルールだったとおもいます。怖がりの私はそれが本当に嫌で、やりたくないなぁ…と心底思っていた記憶があります。何人か山の中へ入って行き、遂に私達の順番が回って来てしまいました。3人か4人くらいで横に並び、それぞれ腕をがっちり組みながら身体を寄せ合って歩いて行きました。あまりにも怖かったので、歌を歌おう!と言う事になり、当時何故かウォークマンに入っていた松任谷由実の”守ってあげたい”を歌って歩く事にしました。それは歌にならない叫び声のような大きな声だったと思います笑。歌いながら進んで行くと、先に行っていた男子が慌てて戻って来るのに遭遇しました。おばけがいた!とすごい勢いで男子達は走って山を降りて行きました。私達は一瞬顔を見合わせ、どうしよう…と思いましたが、きっと怖がらせようと思って言ったんだな。と思い直し、また進もうとしたその時、1番端っこにいたりえちゃんが、きゃー‼︎‼︎‼︎と言って両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまいました。
りえちゃんはガタガタ震えながら、1本の木を指差し、あそこに白い服を着た女の人が立ってた!と叫びました。私は思わずすぐに木の方を見ましたが、私には何も見えませんでした。一緒にいた友達も見えなかったようでした。突然の出来事に子供の私達はどうしたら良いかわからず、震えているりえちゃんを連れて何故か頂上まで行きました。頂上は開けていたので夜だけど明るくて、白っぽい幻想的な雰囲気でした。本当に何もない広場みたいな場所でしたが、何だか妙に、ここにいたくないなと思い、私達は早々に山から降りる事にしました。りえちゃんは震えたまま、隣で怖い怖いと言っていた気がします。とにかく早く戻ってこの話を大人の人に話したいと思い、私達はりえちゃんを連れて足早にキャンプ場に戻りました。ふもとで待っていた大人の人に一部始終を話し始めたその時、キェーッ‼︎‼︎と奇声を上げ、突然りえちゃんがりえちゃんじゃなくなりました。何かを叫んだり、身体をばたばたと凄まじく暴れ出し、慌てて大人が4人がかりで必死に地面に押さえつけました。あまりの出来事に、子供の私達はその場に立っている事しかできませんでした。こんな事態になっても、対処できる大人が誰もおらず、とにかくりえちゃんが大人しくなるのを待ちました。どのくらいの時間が経ったのかわからないけど、夜もふけあたりは真っ暗で、いつの間にか吹き始めた異常な程の強風に、あたりの木々が煽られて左右に大きく揺れているのをただ見ていました。大量の木の葉がこすれて鳴るガサガサガサ、という音が今でも記憶に焼き付いています。

しばらくするとりえちゃんは不思議なくらいおとなしくなりました。とりあえず夜も遅いし、今日は帰る事ができないと言う事で、テントに戻り寝る事になりました。私達はりえちゃんを放って寝るわけにいかないとゆう謎の使命が働き、頑張って起きている事にしました。とは言え子供。いつのまにか起きているのは私とりえちゃんだけになりました。りえちゃんはずっと、ふふふ。ふふふ。と笑って楽しそうでした。りえちゃんじゃない人が笑ってるのはわかりました。りえちゃんは違う人の話を自分の事のように話していました。身の上話のような内容だったと思いますが、子供の私にはちんぷんかんぷんでした。でも、子供のりえちゃんから出てくる話ではないと言う事はわかってたので、なんだか不思議でした。それと同時に頭の中では、りえちゃんを拒否したり、ぞんざいに扱ってしまったら何かされるんじゃないかとの恐怖もあり、頑張って付き合っていたように思います。一通り話終えた時、りえちゃんは、そうだ!と急に顔を上げ、あの曲が聴きたい。さっき歌ってた歌。松任谷由実の”守ってあげたい”が聴きたい。と言いました。私は、聞かせて大丈夫かな… またおかしな事にならないかな…と少し不安になりましたが、りえちゃんのしつこさに負け、ウォークマンを貸してあげる事にしました。りえちゃんは嬉しそうに、よるじゅう、電池がなくなるまでずっと、守ってあげたいを聞いていました。私は寝てしまった友達達と、時計を見てひとり、朝まで長いな… と思っていたのを覚えています。

朝になりました。
やっと朝が来た!
待ちに待った朝でした。
不思議なもので辺りが明るくなると、怖さも少なくなるのがわかりました。
助かった。と思った記憶があります。
りえちゃんはまだ、半分以上がりえちゃんじゃない人のままでした。
私はそんなりえちゃんと一晩過ごし、少し普通に会話ができるようになっていました。
友達が起きて来て、大人の人達も起きて来ました。大丈夫だった?くらいなもので、なんだかあまり気にしてくれる様子もありませんでした。テントをたたみ、バスに乗り、それぞれの帰路に着くまでの間何度もりえちゃんは、守ってあげたいが聞きたいと言って来ましたが、充電が切れたウォークマンではもう聞けないよ、と私も何度も答えました。バスの中でもりえちゃんは私の隣で、ふふふ。ふふふ。と楽しそうでした。バスを降りて家に着いて、お母さんにキャンプでの出来事を一気に全部話しました。気を張っていたのがパラパラと剥がれ落ちたのか、急に凄く怖くなりました。それからしばらくお風呂に入る時も、自分の部屋で寝る時も怖くて、両親の部屋で寝かせてもらいました。りえちゃんはその後、しばらくしてから本当のりえちゃんに戻ったような記憶があります。どうやって戻ったのかは覚えていません。りえちゃん自身もそこら辺は曖昧だった気がします。りえちゃんは、りえちゃんじゃない人が入っていた時の記憶もあるようでした。あれから何度か友達達とあの夏の出来事を話すこともありましたが、だんだんと忘れていくようでした。私は大人になった今も、曖昧な部分が増えつつも、割と鮮明に覚えている体験でした。実は話すのも怖いと思っていたので、随分長い間心の奥底に閉まっていましたが、ふとしたきっかけで円先生にお話しする事があり、聞いていただきなんだかやっと消化?浄化された気持ちになりました。まさにやっと、浮かばれた気がします。しかし、何故、松任谷由実だったのか。何故、守ってあげたいという曲にあれだけ執着したのか。色んな偶然が、色んな偶然を呼んだのか、本当にわかりません。不思議で怖い夏の日の思い出。それから私が何年も、あんなに好きだったはずの”守ってあげたい”と言う曲を、なんとなく聞けなくなってしまったのは…

言うまでもありません。

まとめ・・円聖修記

私が行っている霊能講座で救霊について教えている時に日常生活の中で霊が入り込む事があるという話をしている時にお弟子さんから「怖くて封印していた話しなんですけど、、、」と初めて聞かされた話でした。

この様なことは誰の身にも起こりうる事です。あなたの周りでも突然性格が変わったり、言葉遣いが変わったり、食べ物の趣味が変わったりした人いませんか?

実は私自信もあります、妹が久しぶりに訪ねてきて私は焼酎は飲まないのに、何故か一升瓶を持ってきた、その日の私は無性にそれが飲みたくなって水のように飲む、妹に対してはデレデレでとても良く喋りほめちぎるので、妹も何かおかしと感じていたようでした、私も途中から我に帰り、こんなに酒を飲むなんて考えられないと周りを見渡すと、亡くなったお爺さんの顔が視えた、直ぐに奄美の母親に電話をして聞いてみると、その日は焼酎大好きなお爺さんの命日で最近お仏壇に焼酎を上げてないということだった。私は酒乱だったお爺さんのようになりたくないので、お仏壇にお酒をちゃんとあげるようにお願いしたという事がある。

このような事があったら、出来るだけその霊の想いを汲んであげて下さいね。

生きた人間の生きた祈りの力が霊を幸せにします。

私の母親との日常会話

鉢植え

ある日の夕方の母親との電話での話

母親が一人で寝起きしている部屋の隣にお仏壇がありその部屋には海側に面した大きな窓がある、花を育てるのが好きな母は窓辺に鉢植えを置いてある。

年老いた母はこまめに水をやるのがしんどいので、水ではなく氷を一杯撒くようになった。氷だと水をやる回数を減らすことができて、花の育ちも良いという。

その日にうたた寝していた母親の耳に「ガラガラっ」と鉢植えに氷を撒く聞き慣れた音が聞こえた。離れに住んでいる長男がやってくれているんだろうと目を開けることなくうたた寝を続けた。

起きてから暫くして長男が来たのでお礼を言うと「はっ?俺は今来たところだよ」と言った。母親の耳にはハッキリと聞こえていたので、母親は亡くなった父親がやってくれたんじゃないかと私の所に電話をしてきたのだ。

私は母親に聞いてみた、音が聞こえる事は他にもあるのかと、すると仏壇から誰かが出てきて畳に「スッ」っと足を着くような音はよく聞くという。私は怖くないのと聞いてみた、面白いそうだ(笑)
母親から電話が掛かってくるの時の話は大体こんな話で私も面白い(笑)
長男から母親が変な事を言うと心配の電話が来た事もあるが、私にとっては日常のことなので「大丈夫」というしかない。

病院

母親が肩を複雑骨折をして長い入院生活となった。看護師さんからの説明では、年齢的に骨がもろくなっているので若い人なら何ともないぶつけた衝撃で肩の骨が粉砕してしていたそうだ。回復も時間がかかるという事とコロナ環境もあり半年程の長い入院生活になった。その間病院や部屋を変わったりしながら、病院での不思議な話を母親から聞くことになった。

ある日の夕方母親から電話があった。

最初の話の内容はこうだった。
深夜廊下から水のチョロチョロ流れる音と、誰かが水の上をヒタヒタと歩き回る音が聞こえると言っていた。

次の電話では、、
ついにその足音は自分の病室に入って来るようになったそうだ、母親は気づかぬように寝たふりをしてやり過ごしたとのことだった

次の電話では、、
30代程の赤いワンピースを来た女性が母親のベッド横を通り過ぎ、窓の側に立って外を眺めているのがみえたそうだ。

次の電話では、、
その足音がついに母親のベット横で止まり、母親をじっと見つめていたそうです。母親は「どうしたの?」と話かけると、寂しげな表情で綺麗な顔立ちの女性は何も言わずにまた廊下の方に戻って行った。

私は看護師さんにその女性の特徴を言って心当たり無いか訪ねて見てと言って電話を切った

次の電話では、、
看護師に聞いてみたけど、信じてくれないそうで、ただリハビリをしてくれる若い男の子だけは真剣に聞いてくれて嬉しかったと言っていた。最近では昼夜現れるようになり、となりのベッドの人と話をしている時や看護師の横に立っていたりするようになり、他の人には本当に何も見えていないのかと母親は不思議に思うくらいだと言っていた。

次の電話で
お正月の一時退院の時に久しぶりに自宅に帰った時も廊下から足音がして、赤い服の女の人が一度だけやって来た、挨拶しにきたのかなと言っていた。その後は病院が変わることになりそこまでは追いかけて来なかったようだが。母親はその女性の容姿についてはかなり細かく私に話をしてくれて、まったく知らない人だという。その女性は自分に気づいてくれた母親の事が嬉しくて病院が変わってしまう事を分かって最後に挨拶に来てくれたのかなと思いました。

お客様から聞いた怖い話・三話

沖縄に仕事で行った時の出来事です。

仕事が一段落したので、女二人でカラオケパーティーをする事になりコンビニで買い出しにレンタカーで行きました、運転していた私は車に残り彼女が買い物から戻ってくるのをウトウトしながら待っている時でした、後部座席のドアが「バタン!!」と閉まる音がしたので、帰って来たの
かと思ってバックミラー越しに確認すると誰もいないので、誰か他の車かと辺りを見渡すと車は一台も止まっていない、確かに誰かがこちらに向かってくるような足音も聞こえたのに、、、。気のせいと思うようにしました。もうひとりも戻ってきたのでいざカラオケパーティーへ。ノリノリでカラオケを歌っている時に突然男の声でハモってくる声が聞こえてびっくりしてマイクを投げ出しました「ギャ!!」『ど、どうしたの、、、』「今誰かハモった!」『え、そんなばかな、空調機からとなりの人の歌が聞こえたんじゃない?』「そ、そうか、そうだよねビックリした~」気を取り直して、同じ曲を二人て歌い始めると低い男の声で《そばにいたいよ~》と二人の耳元にハッキリ聞こえてきたのです「ぎゃ!!」『ギャ!!』二人はマイクを置いて一目散にドアを飛び出してその場所を離れました。それからはそのようなことは二度と起こりませんでしたが、たった一度だけ味わった恐怖体験でした。

おそらくカラオケが大好きで亡くなった男性の方なんでしょうね。今も誰かの耳元でハモっているのかもしれません。

何気なく歌を口ずさむとき、左の耳に意識を向けてください、誰かの息遣いや耳鳴りを感じたときはハモっている方がいるかもしれませんね。

古い居酒屋での話

そのお客様が以前アルバイトをしていたという、池袋の西口学生街の横道りに面した古い居酒屋へ行く事になった。中は広々としていて倉庫のような殺伐とした雰囲気ですが、団体の学生さんが気兼ねなく飲んで騒ぐには打って付けの店といった感じでしょうか時間も早かったせいもあり、2~3組の男女カップルがいる位でガラ~ンとしていました。

にも関わらず隅っこの少し狭い空間の席に案内されたのです。

そして通された席に座った時にズシッと久々の重み(霊圧)を感じました。
すかさず霊視をしてみると昭和初期風の服装で黒っぽい革ジャンに黒のスラックスを履いた中年男性がうなだれて座っているのが視えました。

ずっとここに座っている、たまにカウンターのところに移動している、借金に追われていたような苦しみと、この場所に住んでいたのか執着を残している。

店内はガラガラと席が空いているのに無理してこの席に座っていたくないと思い、席を変えてもらった。

そしてこれだけ強く感じる場所も珍しいので証拠写真でも撮れるのでは何枚か撮してみたが映らず。

そのお客様がアルバイトをしていた時はどうだったのか聞いてみた。そのような話も感じた事もないという、私は従業員の中に何か勘付いている人が必ずいると確信をしてましたので、男性で長く働いている風の店員さんを捕まえてインタビューしてみることにした。
「すみません~」
『はい、なんでしょうか?』
「あそこの席なんですけど、、、」
目立たぬように指をさしながら「なにかいますよね、、、」店員さんはビックリした顔をしながらも少し考えたような間があり『え、、』この居酒屋のお客さんであの席を嫌がる人や、少し変になる人いましたよね、、『え、、えっと、私の知る限りではわかりません、、』なにか煮えきれない感じではありますが、かなり動揺している感じを残し、素早く引いていった。

次の日に私にそのお客様から連絡がありました。

《先生、店員の態度が気になってあの後にもう一度お店に引き返して、あの店員さんに聞いてみたんです、そしたら噂されたら困るのでという前置きで話してくれました》

『実は私も一人お店に残って後片付けをしている時に、何度も足音や、人の影をみてますし、あの席に通したお客様から席を変えて欲しいと言われることも多いです、こんなこともありました、お酒をそんなに飲んでいない女性なのに男のような話し方で暴れだして、周りの人がその豹変ぶりに大騒ぎになった人もいました』

《やっぱり先生の言った通りだと思いました、、、。》

『あの人は視える人なんですね、プロの方ですか、目力凄くて圧倒されました』

何かに導かれるように、この話を読まされたあなた。
ふらっと座った席がそんな席だったら知らぬ間にいつもと違う飲み物や食べ物を注文しているかも知れませんね。

新居

結婚してお腹に子供が授かったので広い部屋に引っ越しをすることとなり。主人が相場よりも安いマンションを見つけてきました。正直この物件がこんな家賃で借りれるのは何かあるなと感じてはいましたが、主人のはしゃぎようにそんな事は言えずにいました。

そして悪い予感は当たりました。

ある夜、小さな食卓を挟んで向かい合わせで主人と食事をしている時でした、二人の間に黒い影のようなものが視界に入ってきたので、なんだろうと良く目を凝らしてみると長い髪の毛でした、私は恐る恐る髪の毛垂れ下がる方向の天井に目を向けてみると。

なんと裸の女が蜘蛛のように天井に四つん這いになって張り付いているではありませんか、ようやく状況が分かった私は

「ギャーーーーーー!!」と声を上げてしましました。

それに驚いた主人に天井に指をさして「あれ、あれ、、、、」というのだけど、主人には何にも見えないというのです。

それから私には毎日それが見えるので、主人に何度も引っ越しをお願いしてみても主人には見えないので、気のせいだとか、思い込みだとか言われて、こんな物件はなかなか無いからと譲らずで。

考えてみると見えるだけでなにかされる訳でもないですし、気にしない努力をしているうちに本当に気にならなくなってきました。

そして、時は過ぎて赤ちゃんが無事に生まれて4歳にあるころ、皆で食事をしていると子供がじっと天井の方をみているので、私がどうしたのと聞くと

「あそこに、どうしていつも女の人がいるの」と子供がいいました。

その後、遂に主人も私の言い続けた事を理解し、その部屋から引っ越しました。

これ話を読んでいるあなたにも心当たりありませんか?

子供や動物が黙って一点を見つめている姿を、けしてその先は見続けないでくださいね。

ポルターガイスト


このお仕事していますと、お客様から科学では説明できない出来事の話を聞く事があります。そんな何件を忘れないうちに残しておきたいと思います。

その前にポルターガイストとよく間違われやすい現象でラップ現象というのがあります、これは家の中で音が鳴るというものですが、私が依頼を受けて行ったものは殆ど家の木材のきしみや、温度変化による照明のプラスチック部分の伸縮時のきしみ等でした。

去年もこんな騒ぎがありました、一人暮らしの女性からとなりのキッチンからずっと音がしていると、何かが開いたり閉まったりするような音だと、とても怯えた様子で連絡がありました。

彼女に、大丈夫だからキッチンに行ってその様子を動画で撮影して送ってもらうようにお願いしました。送られてきたのは手を触れていないのに水のペットボトルの蓋がカチャ、カチャと動いている映像でした。
私の持論では本物のポルターガイストは霊からのメッセージがあると思っています、なにか伝えたいことがあって気づいて欲しい事があって起こっている、霊からすれば本来なら生きている人に連絡などできないはずの所を一生懸命に伝えようとしている訳です。そんな人肌のメッセージが込められている筈なのです。

そのメッセージ性が感じられるかどうかの判断からします。
このペットボトルの蓋の動きはメッセージ性ではなく規則性を感じましたのでネットで調べてみると科学実験の分野で見つけました。

ペットボトルの中の空気が温まって膨張し、きっちりと閉めていない蓋を押し上げる事で空気が抜けて、また蓋が閉じる時にカチャと音がする、これが規則的に繰り返されるというからくりでした。

またこの女性から自分が触った記憶のない手の跡が壁に沢山付いているとの相談も受けて画像を送ってもらうと、どう見ても長身で指の長い特徴的な彼女の手形にしか見えないので、過去に夢遊病などなの経験はなかったか尋ねてみると、小学校の時に兄に指摘された事があると言ってましたのでそういうことだと判断し、手形も彼女のものであると分かり、メッセージ性もないので霊とは関係ないと説明しました。

あまり神経質に怖がると風の音さえ"うめき声”に聞こえてきますので、どうか霊を怖いものと考えないでメッセージがあるかどうかで判断してみてください。

前置きが長くなってしまいましたが、次回本当のポルターガイストの話をしますね。

本物のポルターガイスト1

昨年2022年の10月にお客様から聞いたお話です。

ある時の昼間、突然誰もいないはずの隣の部屋から小銭が投げつけられたような大きな音がして慌てて隣の部屋を見てみると、小銭がどこからか飛んでくる光景を目の当たりにした。

しかしその出来事は、ほんの始まりにしか過ぎなかった、、、。

ある時は家族で茶の間でテレビを見ている時に壁から小銭が飛び出すのを皆で目撃する。

またある時は、トイレに入っている時にトイレのドアに「ガッチャーン!!」と間近で誰かが思いっきりなにかを投げつけたような衝撃がして、びっくりしてドアを開けると誰もいなくて代わりに床に小銭が転がっている。

そんな事が頻繁に続くようになって、突然現れた小銭をどうしていいのか分からずガラス瓶に入れるようにしていたらかなりの量溜まってしまっているということでした。

この小銭がどこからやってきたのか、霊界からやって来たとは考えられないので、実在する場所からテレポーテーションして来たということになります。

UFO等の存在も明るくなってきている時代にそろそろ、こういう事をしっかりと科学的に調べてくれる公的な窓口があればいいのにと思います。

そして何か分子構造の解明の手がかりなど未来につながる人類の為の発展に繋がればいいのにと思ったりします。

私には、お話を聞いている時に「勿体無い、勿体無い」と呟きながら小銭を大切に集めているおばあさんの姿が視えました。

そのお話をしたところ何か思い当たる糸口があったようです。ここでは詳しくは書けませんが、人は亡くなっても性格自体は変わりません。

同じような事を心配して、同じようなことを気にしていたりします。そのことに気づいてあげれば怪奇現象はちゃんと収まりますよ。

ポルターガイスト②

ある時洗濯カゴの中に見知らぬ子供用の靴下が四足混ざっていた、夫婦二人と中学生と高校生の子供二人の四人家族なのに、小さな子供サイズの靴下が混ざっていた。

もしかしたら学校の活動か何かで子供が持ってきたのだろうとあまり深く考えなかったが、次の日もまた次の日も毎日入って来る、いい加減に何も言わずにこんなことをすることに腹立たしくなって「いい加減にしなさい、他人の物を毎日洗うなら、ちゃんと説明しなさい」と子供に怒ってみると、子供たちは全く知らないという。

もちろん夫も心当たりがない。

誰がなんの目的かわからないままに、毎日小さな子供サイズの靴下だけが四足増え続ける。

かなりの量になっているというこの靴下をどう処分したらいいのか困っていると、常連のさんの妹家族の話として私に相談が持ち込まれた。

私は直接本人から見聞きしないとなんの判断もできないので、妹さんに直接私のところにこさせてくださいと伝えたのだけれど、それ以降連絡がない、問題が解決したのだろうか、、、。

こんな分かりやすい物質化現象まで起こして、霊界からのSOSは誰が何を伝えようとしているのか気になるところです。

ポルターガイスト③

去年の暮れにお客様から聞いた話です。

小学生の時に母親と鎌倉へ遊びにいきました、その時になんだか嫌な空気感のする場所に出てしまったのです。そこは水子地蔵が沢山立ち並ぶ場所で寂しげに風車が廻っていました。

お母さんはいつものように何も気にする様子もなく小学生の私よりテンションが高くはしゃいでました。「こっちきて~、はい、チーズ」水子地蔵をバックに写真を撮り始めました。私はこんなところで写真なんてと少し不安になって、後ろをみると

"撮影禁止の立札が!”

「お母さん見て、ダメだよここは~」という私の気持ちなどよそに「いいのいいの記念なんだから~」と全く気にしていない様子。
その後、現像したその写真には私達以外に誰もいないはずなのに、私たちを囲むように周りに生気のない薄い人たちが沢山写っている!

「きぁあ!」私はびっくりして腰を抜かしてしまった。その声を聞いて母親がやってきて「どれどれ、、あっ、ホントだ~、写ってる~面白い~」母親の反応も理解できないと思った。

そのまま母親は何も言わずにその場を去っていった。「もう、この写真どうすればいいのよぉ~!!」私はどうしていいのか分からず、とりあえず目に入らないところに置いておこうと、ティッシュにくるんで古い本の間に挟んで勉強机の棚において置いた。

そんなことも、とっくに忘れていた一年後のある日。
引き出しを開けると何故かその写真が出てきた。
私はあの日の事を思い出して本の間から落ちたんだと思い、その本を久しぶりに開くとティシュにくるまれたその写真があった「えっ、え、、、、頭が混乱した、ふ、増えた??」震える手を沈めながら素早く同じところにティシュにくるみ二枚を本の間に挟んだ。次の日学校から帰ると、なんとまた机の上に写真が置かれている。今度こそ落ちたんだと思って本を再び開くと、二枚の写真が出てきた「ま、また増えた、、、、!!」しかも増える度に写真の紙のサイズがどんどんと大きくなっている、、。

恐ろしくなった私は次の日に学校に持っていった。クラスの友達に話すと皆が面白がってその写真がクラスの子たちの手を渡り歩いていった。その日の授業が終わる頃にはどこに行ったのか誰もわからなくなって私の元から消えた、それから二度と私の前に写真が現れる事は無かった。

あの写真は今も誰かの机の引き出しの中で増え続けているのだろうか、、、、。

ご縁があって、たまたまこの文章を読まされたあなた、引き出しの中を調べてみてください、もし出てきたら私にお知らせください。

ピアノの指導をする三人の精霊達

私の家族は霊感一家で「あそこに霊がいる」とか日常的な会話でした。

物心ついた時には既に自覚がありました。子供の頃の話ですが見知らぬおじさんの霊が話しかけて来て自分の名前を言って来たので、母親に伝えました。

すると母親は驚いてそれは亡くなっている親戚のおじいさんで、30年忌を知らせに来ていたと言う事が分かりました。

ある時は人と話をしていると、その人の家の中が見える事もありました。

母親がピアノ教室をやっていた事から、当たり前のようにピアノをやっていたのですが、ある時から三人の霊が現れて、細かく指導をしてくるようになりました。「そこは、こういう気持ちで弾きなさい」とかです。

進学の事などの指示もあり、言われるままにしてきました。

そのお陰でプロとして仕事をさせて頂けるようにもなりました。

その能力は、14歳を過ぎて生理が始まってからは急に見えなくなりました。

円:大変興味深い話ですね、小さい時から見えるんですと仰る方は沢山いますが、見えるものや聞いた事などが事実だったという人は少ないです。

また、子供の頃に見えていていつしか見えなくなると言う人の話は多いですが、生理というタイミングで見えなくなった事に気がついたというのはとても興味深いですし、何か大きな発見に繋がりそうです。

妊娠中だけ霊感が開いたという人の話も多いですから、身体の変化というタイミングと霊感が関係ありそうですね。

ヒーリングを受けている間は色んなものが見えて、昔の感覚を思い出す事ができて楽しいです。

そういえば、報告してなかったのですが、三回目終わった後にアヒルの子供みたいに瞼が腫れて痒みがすごかったんです、次の日の仕事をどうしようか心配になりましたが、朝にはぴたりと腫れがひいてました、不思議です。

あと、今日は先生とお話をしていて、先生の身体が光っているのが見えますよ、光が動いていて面白いです。

先生はいつも何か見えてるんですか?

円:いえ、私は普段は何も視えてません、意識を身体から少しずらすような感じにまで持っていかないと視えないんです。

では、先生に初めてお会いしたときに私の後ろに髭の男の人がいると絵に描いてくれた人が今も見えている訳ではないんですね。

円:どうかしましたか?

その人が誰か私は直ぐにわかったので、その人に話したらとてもびっくりして、笑ってました。

今一番音楽の仕事でキーパソンになる人で、まさに独特の風貌をしてるので絵を見て直ぐわかったんです。

今日は先生と沢山お話し出来て楽しいです、ありがとうございました。

残りのヒーリングもどうぞよろしくお願いします。


死を知らせる明け方の夢

ヒーリングに通われている常連様からこんな興味深いお話しを聞く事が出来ました。

私の母は人が死ぬのが100%分かるんです。
母が明け方に見る夢に現れる“死の知らせ゛があるんです。

それは亡くなる人が必ず風呂敷を担いで現れるそうです。
そんな夢を見ると母親は私に「誰々さんが亡くなるよ」と予言をして来ます。そうすると必ずその日に夢に現れた人が亡くなるんです。

もう、母のその夢が気持ち悪くて、私もそんな風になるんではという恐さも持ってました。
先生の所に来ていると、日々の生活が何か守られているようで、とても安心出来ます。
また、色々悪いものを受けなくなりましたので、とても身体が軽いです。
これからもよろしくお願いいたします。

そんな不思議な彼女のお話しでしたが、自分自身の死を悟った者は身辺整理をすると言います。
お金も物もあの世に持って行く事は出来ませんが、沢山の思い出は持って行けるので、きっと風呂敷の中には沢山の幸せな思い出が詰まっているのだと思いました。

明日も生きているなんて、誰も言えません。だから今日を一生懸命生きて、でっかい風呂敷担いで大事な人の前にお別れを告げに行けるようにしましょうね。


「座敷わらし旅館」で撮ったどー!!

座敷わらし

岩手の「座敷わらし旅館」ってご存知ですか?

ここに泊まって「座敷わらし」に会う事が出来たら出世すると言われ、過去にミュージシャンの“ゆず”や歴代総理大臣が会う事が出来て、その後出世したとの噂があります。

もう何度もTVで取り上げられていますので、ご存知の方も多いと思いますが、特に有名どころの二箇所「菅原別館」「緑風荘」に2017-2018年に宿泊して調査(探求)に行ってまいりました。

まず、「菅原別館」霊感的に視ると近くの神社から来ている数名の女の子の姿の妖精達を捉える事ができました。そして「緑風荘」は敷地内にある亀麿神社で立派な服を着た男の子の姿を視る事が出来ました。

それぞれの旅館に置いてあった、不思議写真のアルバムや自由帳を隅々まで読ませて頂きました。あくまでも私個人の感想としては、そこで起こった不思議な出来事も含め「緑風荘」が座敷わらしパワーを強く感じました。

そして、なんとその「緑風荘」で不思議な発光体を写真に収める事に成功しました。
この写真をしっかりと持っていたら“出世”するかもしれませんよ。

皆さんにも、そんなパワー写真をおすそ分けいたします。
ご利益を授かることができた方は是非お知らせください。

この写真のどこに不思議な光が写っているのか、見つけてみてください。
そして、消去法でどこが不思議写真か検証してみてください。

一番の注目点は近くに光源がなく自ら光っている、そしてその形や色に規則性がない、これが見極めのポイントです。

ここ数年前から話題になる事の多い“オーブと”言われる丸い白い光はカメラの性能アップにともない写るようになった“チリ”の反射です。試しにエアコン等の風がある部屋を暗くしてカメラのライトを点灯させてカメラ越しに周りを覗いてみてください、オーブ(チリ)が飛び回ってるのが見えます。

不思議写真は同じ人間が存在しないのと同じように、一つ一つに色や形に個性があるものだと私は考えています。

是非参考にご自身のスマホの中にそんな写真がないか検証してみると楽しいかもしれません。


内なる神の声で7人の命を救った料理人

本草学

前の「医者が駄目なら、息子の病気は俺が治す」で書いた話の奥さんが、旦那さん本人を連れてヒーリングを受けに来たので直接話を伺う事が出来た。

《ご主人の話し》

数十年前の話しですが、ある時何かに導かれるように行った古本屋で、中国の分厚い本「本草学」を見つけた。取り憑かれたようにそれを10年間読み続けて学んだ。

その本の中身は人間の病気の90%が血液の汚れである。酵素を上手く体内に取り入れて血液を綺麗にすれば病気は治る。酵素は植物の根っ子にある。病気の症状に合わせた酵素スープの作り方が書かれてあったとの事でした。

当時、メジロの鳴き声大会が盛んに行われており、その大会で何度か優勝したと誇らしげに話すご主人が、人間用に書かれた酵素の知識でメジロの病気を治していたと言う。

『鳥の骨格と人間の骨格は一緒』

私は、この酵素スープで鳥も治せると確信があったからどんどん治して行ったのです。
そんな時に、産まれたばかりの我が子が生きるか死ぬかの病気になったのです。

医者がハッキリしないので、自分が治そうと思いました。
それには治せるという確信が必要でした、私は確信を持つ為に、その病院から夜中の1時頃、車で阿蘇山の米塚へ行き雪山を登り300メートル位の天辺で瞑想しました。自分の内なる神と対話をする為です。

「なんで、せっかく産まれた命が死なな、ならんのですか、私の酵素で治せなかったら子供より先に私の命を取って子供に与えてください。」

そんな風に一心不乱に自分の核に向けて自問自答してました。
すると、夜中3時頃「治る」と神様からの声が聞こえて、びっくりして目を開けると、自分の身体の周りが光っていた。

そして、目の前の有明海が黄金色に光るのを見て治せると確信しました。
山を降りながら岩戸神社の洞穴の湧き水を汲む、この水も子供の血液を綺麗にする為に必要な清水だった。

確信を得たので朝、病院に戻り医者にこういった。

「子供の病気は自分で治すけん、連れて帰るたい」
妻には一連の事は何も話さなかったので、泣きじゃくりながら反対されたが、連れて帰った。

そして、子供を抱きかかえて、子供を集中して見つめていると、後ろに神様が降りてきて、同時に息子の症状と63種類の酵素スープの材料と作り方が瞬時に見えた。

そして、神様の指示通りの酵素スープを飲ませ続けて10日目に奇跡は起こった。

=子供の病気が完治したのだ!=

その出来事を見ていた親しい知人から末期癌患者を治してくれと頼みこまれた。
私はまた瞑想に入り、内なる神と対話をした。すると、また神様が「治せ」と言って来たので確信を持って取り組むと、完治した。

そんな、事を繰り返し7人を治した後、神様が「もう、やめ、もうやらんでよか」と言って、私の身体から抜けて行った。

それからは一切やってない。

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《円聖修》
そんな、ご主人の事を霊視して視ると、どっかの神社の舞台上でお面を被った巫女さんが踊っている姿が視えました、そして、“しゃらく゛という言葉が聞こえました。

しばらく視ていると、今度は滝が見え、白い作務衣のような服を着たお爺さんが滝の前で瞑想している姿が見えました。

ご主人の目も我々と同じシャーマンの輝きを持ってました、本来は神主として活躍するべきものを持っていたように感じました。

おそらく、先祖にそのような方がいたのだと思います。
私のヒーリングを受けているときの反応もシャーマン的な反応でした、ヒーリングを受けて行けばきっと覚醒すると思います。

残念ながら、今回は一度しか受けられませんでしたが、次回必ずまた受けたいと仰ってました。

ご主人は病気の方を視ると、光で悪いところを教えて貰えるそうで、興味深々な私も視て欲しいとお願いした。

《ご主人》
先生私は神様が治せと言った人と向かい合った時に見えるだけですから、神様が抜けた今は何も見えませんよ。

ただ、先生は色で言うなら白で、魂がとても綺麗で、まさに人を助ける使命も持った方と言うことはハッキリとわかります。

、、、、。

あ、あれ、、、

見えてきたですよ、先生の周りに綺麗な深い黄色の光が見えて来たとですよ!
あれから、見えなくなっていたのに不思議です。

何か、先生とお会いしたのは凄く意味があるですたい!
丁度2ヶ月前に瞑想してたら三年後に何かあると久々内なる神の声が聞こえたのも、こうして先生とお会いする事と繋がってたのかも知れません。

あと、先生には竹が良いと神様が言ってます。
竹が先生を清めてくれたり力をくれたりするとです。
竹炭を摺って少しお茶に入れて飲むと良いみたいです。

《円聖修》
私も久々に神の気を持った方に会えて初心に帰ったような清々しい気持ちになりました。
この旅、熊本とのご縁に感謝して、成田に向かう飛行機に乗りました。

熊本の皆様、何のかんの2ヶ月に一回のペースでお世話になってます。
また、来年も呼んで頂ける事を願ってます、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

ありがとう御座いました。


医者が駄目なら、息子の病気は俺が治す!

熊本で聞いた話

私は23歳で結婚し、なかなか子供に恵まれないまま毎日の生活に追われるように13年が過ぎて諦めかけていました。

ある時、帰り道で雨に濡れて身体を震わせて鳴いている子猫を拾い、家で飼う事にしました。

身体を洗いその子猫を抱いた時に、その可愛さから身体の内側から溢れてくる母性愛のようなものを強く感じました。

その時です!

《子供を授かる》

そんな予感がピーンと脳裏をかすめていきました。
その予感は見事に的中し、私のお腹にもう一つの生命が宿りました。

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周りの方々にも大変喜んで頂き、無事に産まれました。
喜びも束の間、生後3ヶ月目に重大な病気が見つかったのです。

肝機能障害!!

重症患者が行く熊本大学病院で、世界で二例しかない病例だとか、病名が二転三転し、ハッキリとしないのです。

つまり、肝臓移植しか手の施しようがないと言うことで、それをやっても治るかどうかもハッキリしない。

父親の肝臓は脂肪肝で、駄目、そうこうしているうちに、その病院で同じ様な病気の子供が次々と亡くなっていく、、、。

一刻をあらそう事態に医者も頼れない。

すると、何時も無口な主人が。

「この子の病気俺が治す」

耳を、疑った!

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「先生、この子は俺が治してみせますから退院させてください」

なんと!

医者の反対を押し切り、仮退院という形で、抱えて連れて帰ってきたのだ。
私は泣きじゃくりながら、主人を責めました。
しかし、確信を持ったように動じない主人がこう言ったのです。

俺は、これまで沢山のメジロ(鳥)を飼ってきた。メジロはとても病気しやすい鳥だ、そんな難しい鳥の一匹一匹の病気と向かい合い、愛情込めて食べ物で治してきた。

メジロも人も同じだ、愛情込めて俺の作った料理を食べさせれば必ず治る!
この日の為に、子供の命を救う為に、俺は調理師になったんだ。

気と食べ物の酵素をしっかりと与えれば治るんだ。今晩、俺は山に水を汲んで来る、朝まで帰って来れないから、この子をしっかりと抱いて、この子に必ず治ると言い続けていてくれ。

そして、医者から貰った八種類の薬を全部捨てて飲ませないでくれそういって、主人は冬の雪山に登って、神社の近くの洞窟に籠もり朝まで祈願して、そこの石清水を汲んで帰って来た。

山を降りて振り返った時に火柱を見たので、更に治ると確信を持ったそうです。そして、主人は50種類以上の薬草を含む材料を使ってスープを作り、愛情を持ってくる日もくる日も作り続けました。

そして、奇跡は起こりました!

なんと、10日目にして完治したのです。
大学生になったそんな息子もその時の記憶があるはずもないんですが、父親とはとても仲良しです

人に幸せを運ぶ調理師の料理は、人の心に響くのでしょう。連日沢山の人が経営する居酒屋に食べに来ているそうです。息子の命を救う愛情の料理はどんな味がするんでしょうね。

そして、最後に奥さんはこう言った。
いまでも、あの時の主人の言葉が耳から離れないんです。

『メジロも人間も同じ命、俺が治す!もし、治せなかったら腹を斬る』


代替医療カラーパンクチャー

カラーパンクチャー
カラーパンクチャー

色の持つ力

私の知り合いの外科医さんが西洋医学の傷みを抑えるだけの対処療法に限界を感じて模索して行く中で見つけた代替医療の一つだそうです。

割と新しく、アメリカではかなりニーズが高まっているというものらしいです。
スピリチュアル好きには有名な本物のキルリアン写真で健康状態を目で見ながら進めるというので興味深々♪

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色々面白い話聞けたんですが、長くなるので省略(>.<)

早速、お願いして体験してみました。傷みに関しては即効性があるとの事でしたが特に痛いところはなかったので、頭をスッキリさせたいと依頼をしてみました。

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症状に合わせて、色んな色の光を決められた場所に当てていくという方法です。時折チクッとした不思議な感覚を受けながら、あっという間に終わりました。

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結果、頭は軽く花粉症でやられていた鼻がスーッと通った感じで快適になりました。
西洋医学の考え方からすると理屈に合わないとの事ですが、患者さんの傷みに対しての即効性に大きな手応えを感じているとの事でした。

薬要らずの副作用無しで、傷みに即効性、素晴らしいですね!あと、余談ですが、大変興味深い話も聞くことが出来ました。高田馬場に多重人格専門のクリックがあり、そこでは霊能者が浄霊で治療に参加しているとの事。その内容を明らかにした本も出しているらしいので興味ある方はどうぞ(^-^)


シンギンギグボール

チャクラに共振

まるで海底の砂場に横たわり水面を眺めているような静寂さと、生命の起源を感じるような喜びを身体に感じました。

やってくれた方は、直接本場で習って日本では手に入らないという道具も、一式そこで買って担いで来たとのこと、日本人で習いにきた人は初めてだと驚かれたそうです。

“大声でガラスコップを割ることが出来るか?゛

声楽家や大声の持ち主を集めて、そんな実験がテレビで行われていました。
結果的にあと一歩の所で駄目でしたが、機械で作った音では割る事が出来ましたので、この世の中にそんな人がいても不思議ではないと言うことがわかりました。

面白いと思った事は、割ろうとするコップを叩いた時に出る音と同じ音を出す事によって、共鳴振動が最大になり割れるということです。

この事から、チャクラに共鳴する音があり、その音を鳴らす事で何かしらの刺激を与えようとする試みは理に叶っていると思います。

※チャクラ?

ヨガの世界で人間の身体には目に見えない7つのチャクラと言われる一つ一つが意味合いを持ったエネルギー中継点のような場所があると言われてます。

よく、円先生はチャクラが開いてるとか言ってくれる方がおりますが、私は余りチャクラには興味はわかず、詳しくはありませんが、チャクラを感じる事があります。

ある、条件になると刻印されるような圧迫感を持って身体に形を感じます。

特に額のチャクラはよく動いていて、形を変えます。ひし形になったり、円盤のように横にビョーンと伸びたり、ムズムズと額に押し込まれるように形をハッキリと感じます。

次に、胸の所にある太陽チャクラは大きな丸い形で、とにかく熱いです。面白いのは、気功やヒーラーなどエネルギーの高い人と会うと丹田と呼ばれるへその奥にテニスボール位のお湯の玉を感じます。

あとは、たまに喉仏の少し奥位に500円玉位の丸い温圧を感じます。チャクラが開くとか、開いてないとかその違いがどんな事で、何に良いのかは分かりませんが、音を使ってチャクラに共鳴させて心身のリラックスをはかり、いい気分になれるなら、人によってはとても価値のある事かも知れませんね。


真夜中でも光って視えたオーラ

不思議な姉弟の話

池袋の鑑定所からの帰り道の出来事です。

23時頃、明治通り沿いをいつものように自転車で駆け抜け、信号待ちをしている時に、道路の反対側から私を呼ぶ声がした。

空耳かと思いながら声のする方をみると、かなり遠くの暗がりから、自転車に乗った二人組がこっちに向かって近づいてくるではありませんか?

やっと顔が見えて、私のお客様だとわかりました(^-^)
「私」:こんな暗闇で更にあんな遠くから、よく私の事見つけられたね~。

『女の子』:私もびっくりです!近視なので普段は見えるはずないんですが、先生は直ぐに分かりました!

「私」:ど、どう言うこと?この自転車が目立つ?

『女の子』:だってオーラと言うか身体が大きく光っていて普通の人と全然違うんですよ、遠くからでも直ぐに分かりましたよ~(*^^*)

女の子は一緒にいた弟を私に紹介した。

『弟』:僕も直ぐにわかりましたよ、だって雰囲気が普通の人と全然違うので、お姉さんがよく話をしてた先生だとわかりました!
この兄弟ただ者じゃない(笑)

確かに私の身体から出ているオーラや、エネルギー数値を今ある科学的なもので測定すると、測定者がびっくりする数値がでることは事実です。

だけども、暗がりの中、かなり遠い距離からそれを見る事が出来るこの姉弟は間違いなくただ者じゃないヾ(≧∇≦)

もし、他の方で、私をみてこの姉弟のように感じる方がいらっしゃいましたら、後で教えて下さいね。

世の中には不思議な事まだまだ一杯ありますね!


ミタナの部屋・第2話【浮かぶ手首】

生霊の話

「生霊」私円聖修がカウンセリング活動をしてきた十数年の中で、特に記憶に残る生霊の話を二つお話しします。

怖い話ですが生きる上で大切な何かを教えられた気がしました。ぜひ、この話の深い部分を見つめながらお読み下さい。

ある夜、私はいつもの時間に眠っていました。すると突然、心臓を誰かに激しく殴られたかのような衝撃で目が覚めました。今まで体験したことのない痛み。それは目覚めた後も消えず、それどころかどんどん強くなっていく。痛みで体を捻る事もままならない。

自分の命がここで終わるのかと考えずにはいられない状況でした。どうにか首を起こし、痛みのする心臓の方を見ると、私の心臓の上に”手首”が浮かんでいました。私はゾッとしましたが、反面、この痛みが病気ではないと自覚出来て安心もしました。

(この手、見覚えがある!)

地黒でシワが多くて血管がはっきりとした大きな手と、魔女のように長く赤いマニキュアを塗った爪。

それに大きめのアンティークの指輪が三つ。この特徴的な手は、当時、私の弟子を志願して毎日熱心に通って来ていた40代女性の手に間違いありませんでした。しだいに呼吸もままならなくなり、この場をなんとかしなければ殺されると感じました。

霊を退散させる場合、私は、お祓い専用のツルギを使っていました。それが置いてある神棚まではほんの1メートルほどの距離だったのですが、その時は果てしなく遠く感じました。

どれぐらい時間がかかっただろう、体を蛇のようにくねらせ回転させながらやっとツルギに手が届いた。そして私は呪術とツルギを使いそれを追い払った。次の日。その人もいる皆の前でその体験の話をした。

勿論その人に触れない形で。その人は顔を引きつらせて話を聞いていた。それから、一年が経ったある日。私とその人と二人きりになる時があった。

「先生、一年前の話ですけど…」「生き霊を飛ばしたのは私だって判っていたのですよね」

理由はこうだ。

二年前に一方的に別れを告げられた彼がいて、どうしても諦め切れず、毎晩受話器に手をかざし彼に電話をかけて来るよう念じていたそうです。その日は特に思い出の日であった為、一人では抱え切れない悲しみと怨みに包まれ、つい私の顔を思い浮かべ「先生、助けて!」と叫ぶと、右手に何か柔らかいものを握りつけた感じがしたという。

その時間がちょうど一致したのだった。私にもこれだけの生き霊を飛ばせるのだから、その彼の事を考えると恐ろしい。その後彼女は私の前にも姿を現さなくなったが、風の噂で別の人と結婚したらしい。もう二度と生き霊を飛ばさなくてはならない惨めで悲しい日が来ることの無いよう願ってやまない。


ミタナの部屋・第1話【赤い目】

怖がりの方は読まないでください

「生霊」私円聖修がカウンセリング活動をしてきた十数年の中で、特に記憶に残る生霊の話を二つお話しします。怖い話ですが生きる上で大切な何かを教えられた気がしました。ぜひ、この話の深い部分を見つめながらお読み下さい。

最近、対人関係がボロボロなのです…」私の目の前の男性が下を向いたままゆっくり呟く。

「人を何故か怒らせてしまうのです」
私の所に相談にやってきた、大手企業に勤める30代男性。

今までは恋も仕事も上手くいっていたのに、最近は人と話していると、急に相手が尋常ではない怒り方をして、全てがダメになる事が続いているとの事。そして、その男性はゆっくりと顔を持ち上げ私と目を合わせた。

その目を見た瞬間私は言葉を失った…。

彼の目は真っ赤に血走っており、獲物を睨みつける蛇のようにこちらを威嚇していたからだ。

普通の人なら恐怖心から取り乱すか、怒り狂うかどちらかだろうと納得した。私は、彼の目に重なるもう一つの目を視た。それで全ての原因を理解した。

『あなたの目に生き霊が来ています』

「い、いきりょう!」

『髪の毛が肩ぐらいまで伸びた色白のあなたぐらいの年齢の女性です』男性はしばらく考えていた。心当たりといったら一人だけいる、一年前に別れた女性に雰囲気が近いと言った。

その頃、色んな事が上手くいっていて有頂天だった彼は、自分に好意を持っていると分かっている女性に対し、「半年間くらいハッキリしない状態で交際し、優しい彼女に甘えるだけ甘えて、ある日好きな人が出来た為ぷっつりと連絡を絶っていたそうです。

『その女性に借りっ放しにしている物等はないですか?』

男性は考え、そして焦った表情をした。「CDとお金を借りっぱなしです」恐らくそのCDを貸したのは女心として、その男性に聴いて貰いたい特別な想いがあったのでしょう。また、理由もなく連絡が来なくなった事に戸惑ったが、元々ハッキリとした関係ではなかったので、どうしてよいのか分からず、CDで繋がっている事を信じて、一年経った今でも変わらぬ強い想いで待っているのでしょう。

勿論彼女は生き霊を飛ばしている意識はないようです。男性は、その説明をしても半信半疑のようで、少し首をかしげていた。

『すぐに彼女に連絡して、借りたものを返して謝って下さい、放って置くと大変なことになりますよ』

「分かりました。早速連絡を取ります」

そうして、彼のどんよりとした重たい背中を見送った。そして彼は、一年振りに彼女に電話をして借りているものを返したいと告げた。すると電話口で黙って聞いていた彼女が一言つぶやいた。

「お・ぼ・え・て・い・た・ん・だ」

その言葉で男性は、初めて現実を受け入れた。その後すぐに彼女の元を尋ねて借りていたものを返し、彼女を傷つけてしまっていたことを必死に謝った。するとうつむいていた彼女は目に涙を浮かべながらこう言いました。「謝ってくれてありがとう。

私はこのCDを通してあなたとの時間に捕らわれ続けていていました」「これでやっと、このくるしい呪縛から自由になれます、私はもう大丈夫です」。彼は膝の上のこぶしをぎゅっと握り締めた。私の所へ来てその話聞かせてくれた男性の目は真っ白に輝きとても優しい目をしていました。   

-終わり-

最後までお読み下さいましてありがとうございます。あなたは大丈夫ですか?借りっぱなしにしているものは無いですか?もし鏡で見る自分の目が真っ赤になっていたらこの話を思い出してください。また近くに真っ赤な目をしている人を見かけたら、この話を聞かせてください…。


神秘の霊能者解剖室

雑誌のインタビュー記事

何も見えない感じない人たちからみれば、未知なる力の持ち主、霊能師。初めて見えたのはいつ?そもそも霊能力って?誰もがいだく疑問に答えていただくことで、その神秘的な力を大解剖!!

第二回目はスピリチュアルタロットメッセージの円 聖修先生です。
MITANA編集部(以下M)初めて力を実感したのはいつですか?

円先生(以下E)小さい頃から、怖がりでした。

いつもたくさんの目玉から見られているような感じがしていて、自分の想像だと思っていたので、自分の想像力がいやだな、怖いな、と思っていました。

今思えば霊感だったのでしょうが。
小さい頃からそんな感じで、自分の想像力に恐怖を感じていたのですが、高校二年生の時、身内の死に始まり、自分の身にもショッキングな出来事が重なり、神経がまいってしまい家に引きこもるようになってしまいました。

電話やドアの音でもびくっとするようになってしまい、外に出られなくなってしまって…。
その時、姉の薦めで聖書を初めて読んでとても感銘を受けたのです。
それまでは怖がりだし、神様とか霊的なものは信じていませんでした。

M では先生はその時点でも、ご自分の想像力は、あくまでも“霊感”だとは思ってらっしゃらなかったんですね。

E はい。

聖書を読み始めて、神というものを素直に受け入れるようになって、段々、外に出て行こうかなという気持ちになってきました。

そうやって久しぶりに学校にいったときに、今仲少年(仮名)と山田(仮名)くんに出会ったのです。

今仲少年は授業中に突然白目をむいて倒れたりするほど霊感の強い子で皆から敬遠され、孤立している子でした。

そして、山田くんは幼い頃からそういう力はあったのですが、今仲少年と出会ったことでそれが霊能力であることを知り、それからは常に彼と一緒にいるようになった子です。

私も孤独だったので、分かり合えるかと思い友達になったのです。

それからはいつも三人で自分達の霊能力を試したりして遊ぶようになりました。(この時のエピソードはマンガで紹介☆)

その高校二年生の頃から、感受性が強くなってきまして、島(地元)の言葉でいうと“神がかり”がきつくなってきて、気を失うようなことが多くなってきたのです。

M 神がかりというのは?

E これは、島では神さまからシャーマンとして目覚めよというサインと言われています。
早く気付いて認めないと、精神に破綻をきたしてしまう人もいるのです。

M なるほど…。その力を否定したい人にとっては、いつまでも怖い現象をみたりそれに襲われ続けているだけで、そのうち精神的に参ってしまうのでしょうね…。

E 私は祖母がシャーマンに詳しかったので、祖母についてもらい、島のシャーマンの判事のところにいきました。

島では昔からすすきをアンテナとして神が人間を動かすといわれておりまして、すすきを持たされ、昔からのシャーマニズムの唄を方言で歌われました。

そうしたら、わーっと体が震えてきたんです。

M それは神様が降りてくるかどうかというテストなのですか?

E シャーマンとしての素質を見極める儀式といった感じです。

私の場合、降りてくるというよりも自分のなかから起き上がると言う感じでした。

気付くとたいこに合わせて踊り出していたのです。

自分の中の何かが大喜びしていました。
その踊り方を見て、シャーマンは判断するのです。

祭りで他のシャーマンが踊っているのを見たりしても、その踊りは大体同じなんですよ。

M どういう踊りなんですか?

E 基本的な動作はススキをまわすのです。

一律して同じ方向にまわすのですが、方向は教えられないんですよ。

高校二年生の時に集中してこういったことが起こりました。

M ちなみにシャーマンというのはどういう存在なのですか?

E 島の言い伝えでは神のような存在でした。

M 判事にあなたはシャーマンですよ、と判定されたら、シャーマンとして、祭りや催し物の際に活動しなければいけないのですか?

E シャーマンでも、どういう役割が与えられているかどうかまでは、本人にもすぐにはわからないのです。

本人がその道に入って探していくしかないのです。

 霊感はあってもそれをコントロールする能力は与えられているのか?人の相談を聞く悩みを解決する能力は与えられているのか?ということです。

M それを職業にしていく、というのは、そのシャーマンの判事が決めるのですか?

E それは自然の流れです。

つまり、シャーマンになったことを周りの人が知り、相談にやってくる。それでご相談を解決したことを聞き及んだ人がまたやってくる。

M つまり口コミですね。

 なるほど…、そうやって力のある人は相談者が増えていって、職業としてやっていくことができるようになる、ということですね

E それから、高校卒業と同時に東京に出てきたのですが、その時はミュージシャンになろうと考えていたんです。

その時点では自分がこういうことを職業にするとは思っていなかったし、またこの能力でお金をもらってはいけないと考えていたんです。

無償で聞いたりはもちろんしていたんですけどね。
ある日、アルバイト先に友人が、有名なタロット占い師の先生を連れてきたんです。

それで、ひょんなことから、その先生が経営してらっしゃった占い店のスタッフとして手伝いをすることになったんです。

僕は占い師さんたちが占っているところを、横で霊感で視たりしてました(笑)、そのうちお店に僕のファンの子たちがお客さんとしてくるようになってきたのを見たオーナーから、僕も占い師としてデビューするようにすすめられまして。様々な人の悩んでいる姿を見ていてシャーマンとしての血が騒いでいたのも確かでした。

だけど、僕に霊能力があることを知ったそのオーナーに、ある日突然くびにされてしまったのです。

それまで、そんなことをされたことがなかったから、僕も感情的になりまして…その頃自分ひとりの楽しみとして、交信していた5人くらいのきれいな聖霊たちがいたのですが、その人たちに怒りをぶちまけたんです。

“なんで、自分だけこんな目に遭わなければいけないんだ!あなたたちに本当に力があるんだったら、今すぐ自分を占い師としてデビューさせてくれ、もしそうさせてくれなかったら、あなたたちとは金輪際交信しない”その日、帰宅しますと、知り合いから“原宿でこれから占いの館を開くっていう人がいて、占い師を募集していたから、あなたもいかない?”という連絡が入ったんです。

最初のうちは、タロット占い師といってもカードの意味ややり方があまりわからなかったのですが、それは霊感で補ってやっていました(笑)。

そのうちタロット占い自体も理解していくことができました。その時に知り合った占い師の前世を見てあげたら、驚くほど現世の彼女と通ずる部分がありまして、それに感激した彼女が僕にお金をくれたんです。

僕は霊能力でお金はもらえない、と断ったのですが、あなたの力はそれだけの価値がある、そしてより多くの人のためにその力を使っていくべきだと彼女に説得され、それが霊能力者としてお金をもらった最初です。それが24歳の時です。

M タロット占い師になられたのは偶然で、シャーマンとしての活動とは別なのですね。 

E そして28歳の時に、正式にシャーマンの伝統を受け継ぎ、シャーマンの道を歩んでいくという決意をし約束の儀式を受けることにしました。

その儀式はシャーマンの聖地で行われます。

なのでまずは、聖地を見つけなければならないのです。

M キリスト教でいえばイェルサレムの様に聖地は決まっているのではないのですか?

E 聖地はシャーマン全員に共通のものではなく、それぞれに、自分の聖地があるのです。自然のなかにあり、一般の人にはわからないような場所です。

M それではどうやってまったくの自然の中から、自分の聖地を見つけるんですか?

E 自分を認めてくれた判事のシャーマンは親神となり、霊的な親子関係となります。
その親神が教えてくれる場合もありますが、私の親神は高齢だったため、私は自分でさがさなければいけなくなりました。

海(海神を拝む)と川(水神を拝む)それぞれで見つけます。

M なぜ、海と川なのでしょうか?E 古代シャーマンの教えでは水そのものが神で、海の水が太陽に照らされ水蒸気となり天に昇り、雨となり川となるという自然のサイクルと同調するという意味と、海から全ての生命が誕生してきたという考え方なのです。

僕は、まず最初に僕の生まれた場所がある市内を流れる川の、シャーマンたちが集まると言われている場所に行ってみたのですが、面白いのは、その場所にたつと風を感じるんです。

実際の風というよりも、風圧というのでしょうか。そして頭の中に「違う、違う、」と声が聞こえたんです。

それで、別の場所を探してみる事にしました。何度も夢に出てくる場所がありまして。本家の近くの海でした。

あまり行ったこともなかったのに、着いたとたん“ここだ”とわかったのです。
不思議なことに曇っていたんだけど僕がそこでお祈りを始めたら、雲の隙間から光が差し出しました。

海が見つかったら、川はその近くの川であることが多いのですがただ、僕は滝だとずっと思っていたんです。
でも、何人かに聞いても、滝なんかないと言われまして。
おかしいな…と思いましたが、夕方になってしまったので帰ろうとしていた時です。

近所に住む地元のおばあちゃんが、「この村の最後のシャーマンが聖地としていたところが、滝だった」とおしえてくれたのです。

で、ちょろちょろっと流れている川をずーっとあがっていったら、滝があったのです。 上り坂なのに、下り坂のように背中が押され、大きな岩などがある中を、体が凄い勢いで走っていってしまうのです。

すると、茂みのなかから突然光のすじのように岩肌が見えてきて、そこに衝突するかのように、岩肌に抱きついていました。その瞬間、自分の中の何かが弾けるようにぐわーっと涙が出てきて、オオカミの遠吠えのように大声で泣いてしまいました。

私の声はしばらくこだましてました。その間中、頭の中で、「ここだ、ここだ、ここだ」という男の人の声がずっと鳴り響いていました。

正しい自分の聖地だと、その場所で水が飲めるので、浴びるように飲みました。聖地が見つかると、引き続いて良い日柄を選び海の満ち始めの時間に合わせて、シャーマンとして認定する儀式を行います。

M その儀式には具体的にどのような意味があるのですか?

E 海の神様に挨拶して道を開いていただき、川の神様と神人合一して、神の道へ踏み出すというくぎりとでもいいましょうか。

儀式の当日は、親神様や他のシャーマンと海の聖地に向かい、お供えものをします。そこで、海神さまに捧げる祝詞が始まったとたん、私の体は自然に踊り始めました。

神様が起き上がってきたのです。そしてその海の水で体を清め、今度はその足で、川の聖地に向かいました。

再びお供え物をし、水神様への祝詞が始まりました。

ススキを持った両手が震え始め意識がとおくなり、体全体が燃えるように熱くなり、気付けば踊りながら山中にひびきわたる大声で祝詞を叫んでいました。

そして最後は自宅で、お供えものに関する様々な儀式を済ませ、太鼓に合わせ祝詞をあげながら、神様への舞をささげ儀式終了となりました。

M ……ほぉ…、あらためて伺いましたが、とても荘厳ですね。

私は、特に伝統行事もないような場所に生まれ育っているので、その土地ならではのお祭りごとには、えもいわれぬ神秘的な力を感じます。

それから霊能師としての活動を始められたのですか?

E すでに、東京で霊能師として活動は始めていましたが、自分の指針がよりはっきりと定まったという感じです。現在はタロット占い師としての活動と同時に、シャーマンとして霊能力でご相談にのることも行っております。

また、御祭りや新シャーマンの育成、文化継承に努めています。霊能者のなかでもシャーマンという存在がとりわけ神秘的なのは、土着性が非常に強いことも一因なのでしょうか。

それにしても”神がかり”という神様からのサインに始まり、約束としての儀式まで?---うかがえばうかがうほど高まる円氏の霊妙さ……。

そんな円氏の高校時代の最恐エピソードはマンガでお楽しみください

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